ウルトラマン生誕40周年記念企画・ウルトラマンの誕生の地・聖地
円谷プロ創業43年 1963年(昭和38年)
円谷プロダクションのウルトラマンはここから生まれた。
ウルトラマンの生まれた場所、それは
新宿駅西口から出ている小田急線、
各駅停車の停車駅である祖師谷大蔵から気が遠くなるほど歩いたような気のする場所
旧住所:東京都世田谷区砧7−4−12にあった。
現在の円谷本社機能は、八幡山に移転している。
まず、祖師谷大蔵に到着すると歓迎してくれるのが、「ようこそウルトラな街 祖師谷大蔵へ」の、のぼりである。
薄いエンジに黒抜きの影絵のウルトラマンがスペシュウム光線を放ち、白い文字で歓迎のメッセージが書かれている。 この、のぼりが駅に間隔をおいて数本立っている。大変な守護神のいる街である。
駅を出てすぐに視界にはいるのが、左手に見えるイベント広場であろう。 ウルトラマンイベントが行われる際には、こちらが特設会場となる。
ウルトラマンが地球をイメージしたのか球形の台の上に、両手を腰に当てて悠然と立っている。 普段は、こどもたちの広場として活躍しているのだろう、 おこさま連れの方が、ウルトラマンを前に、記念画像取得によねんがない。
こどもたちが、大空に響く大きな声で、それぞれの知っているウルトラマンの歌を歌ってるさまは、ほほえましい限りである。 この時こどもたちが歌っていた歌は、 初代ウルトラマンや最近まで放送されていたウルトラマンマックスの主題歌。 「マックス、マックス、マックス、ダダンダダダン♪」 すごいのは間奏つきで歌っていることだろうか。
祖師谷大蔵の駅を中心に、左右に広がるアーケードが切れるところまでをウルトラマン商店街というと説明を受ける。 なるほど、ところどころに「みやにしたつやさん(学研)」の「パパはウルトラマン」の作者のイラストが風にたなびいている。
旧円谷プロダクションは、駅を出てすぐ左手にまっすぐいったところと説明をうけて歩きはじめる。 しかし歩けど、歩けど、たどり着かないためさすがに不安になり、 道行く通行人の方数人に、円谷プロダクションはどちらですかと確認するが、 いずれも、「ほんともうすぐ先ですから」とずっと先を指差された。
ウルトラマン商店街が完全に切れ、住宅街に突入し、完全なまでの住宅街を驀進し、なおなだらかな坂をだっだっと下る。 ここかと思えば東京電力。
ついにまっすぐの道が、やや大きな通りに突き抜けるところまできた。 その位置のようやく左端にそれとすぐに分かる建物が視界に入った。
それは、左側にミラーマンが、右手の腕を折り顔の横に立て。左手は胸にもってきている。 そして、右側にウルトラマン。腕を折り曲げ、こぶしを握り締めた、ファイテングポーズで立っていたからである。
ウルトラマンの下の壁面には、円谷プロダクションの社名の看板とウルトラシリーズのポスター2枚。 そして、ウルトラマンメビウスのポスターも2枚張り巡らされてあった。
立っているウルトラマンと対面する位置に駐車場。そこにはお決まりの駐車禁止の看板、
その横に長方形の看板で両サイドにM78星雲のキャラクターが描かれており、「子供たちに愛と夢を」と書かれていた。
まさにこれは円谷英二の信念ではあるまいか。
敷地内入ってすぐ正面に建築中の建物、その左横にそれより一回り大きな同じく建築中の建物。 「一回り大きな建物の方が、怪獣倉庫です。」と指差された。
「あそこにそれはもう何体も怪獣たちがいたのです。 ここで怪獣たちは生まれたのです。」そう、ここは怪獣たちの生まれ故郷であった。
ウルトラマンマックスのメトロン星人が ちゃぶ台を挟んでトウマカイトと対話したのが解体前の旧怪獣倉庫である。
円谷怪獣倉庫の管理総帥は、打出新吾(うちでしんご )さん。怪獣を常に最善の状態に保つメンテナンスの達人である。 打出さんにとってウルトラマンとは『銀色の少年』そしてこの地は、M78星雲の出張所の工場だと思っていると聞く。
旧怪獣倉庫は2月に解体されたという。
旧怪獣倉庫は築年数50年くらいではなかったかということだが、かなり老朽化が進んでいたのだそうだ。 しかしうれしいことに、これは復元工事であり、旧怪獣倉庫を可能な限り復元するのだという。
円谷一夫会長が、「怪獣やウルトラマンは宝だ。」「ここは宝の山だ。」と発言されたのだそうだ。
円谷一夫会長ご自身が、とてもウルトラマンマニアックということで、 怪獣の扱いにも細心の注意を払うようにという希望も出され、みな、怪獣たちをけっして、安易に触れないという。
現在怪獣たちは、円谷新社屋に移転しているが、こちらの工事が完成するとまた、 古巣、生まれ故郷にこの場所に帰ってくる予定であるという。
建築中の2棟の一番左端には、これは会社というより、アパートのような建物が立っているが、 「本当に元はアパートですよ」と聞かされ慌てた。
しかも、アパートのような建物の2階部分から、傘のようなフラスコのような、奇妙で不思議な緑色のモール状
の物体があり、何か特撮に関係深いものなのか分からず、「これはなんですか」とお聞きすると
「これはあれですよ、クリスマスツリー」
時すでに桜もほころぶ4月半ば・・・言葉を失った。
驚くことに、この事務所は現在も現役であり、無遠慮に近づくと、 ドアにプレートの代わりに貼られた張り紙にWoOスタッフルームの文字が 最新の特撮新番組がなんとここから生まれているのである。
この建物の一番奥が会議室。このプレハブもどきの様子は、ウルトラマンマックス「胡蝶の蘭」の最後の会議をするシーンの事務所と似ていた。 まさか・・ここ?
映像処理などはこちらでというので驚きである。 建物と不釣合いに室内にパソコンが青白く光っているさまは、ある意味異次元空間であるかのようだ。
円谷一夫会長は、作品の仕上がりはかならずご覧になるということで、こちらの現場にもおこしになるという。 一番気をつけていることは、こどもたちが見ているので言葉だそうだ。脚本家さんは大変でしょうとのこと
こどもたちに40年間メッセージを送り続ける姿勢は、こういった意識で努力し、管理されているのだろう。
この怪獣倉庫は一般公開の可能性も示唆されていることから、公開を期待したい。
画質不良をお詫び申し上げます。